1月5日のニュースで、1月1日に山崎元が亡くなったことを知った*1。昨夏、インデックス投資ナイトのスピーチ原稿を読んで、先は長くなさそうな気がしていたので、「とうとう」というべきか、「ついに」というべきか、という印象だった。
自分の「持ち時間」を数ヶ月から一年くらいと見積もって、
山崎元と言えば、最近はeMAXIS Slim全世界株式(オール・カントリー)*2(以下、オルカン)の伝道師のような存在だったが、同ファンドの設定以前は全世界株式を前提としたインデックス投資の伝道師だった。そして、それが合理的個人投資家が採用すべき投資の基本スタンス、というのが同氏の考えだった。
可能な限り信託報酬の少ないノーロード投資信託、ETFによるインデックス投資を積み立てるのだ。2018年にオルカンが登場し、これが現在に至るまで信託報酬が最安なので、それ一本が選ばれている、というのが現状だ。
ここでさらに信託報酬の少ない全世界株式インデックス投信が設定されたなら、山崎元の考えを継承する合理的投資家であれば、オルカンから、その投信へ乗り換えるのだ。
ならば、いっそ信託報酬をなくすべく、自分自身で全世界株式インデックス投信に相当するポートフォリオを組成してみたらどうだろうか?例えば、S&P500に限りなく近いS&P499、日経平均に限りなく近い日経224的なポートフォリオだ。
それは可能だが、特に一個人で取り組むには、なかなか大変な作業だ。そもそも山崎元は「合理」の人だった。合理的であるが故に、全世界株式インデックス投資を推奨し、合理的であるが故に、個人投資家が知る必要のないことは説明しなかった。
オルカンを推奨する山崎元が説明しなかったことと、その大変さ、つまり説明する必要のなかったことが詳細に語られているのが、本書『ファンドマネジメント』だ。
本書は1995年に出版されている。当時、山崎元は37歳で、外資系金融機関に勤めていた。対象読者は、実際にポートフォリオを構築、運用する、プロのファンドマネージャーだ。個人投資家ではない。プロのファンドマネージャーのための実用書なのだ。そのため内容の中心は、ポートフォリオの運用戦略と、その裏付けに終始している。
🔎本書の意図、概要
意図1 | 具体的なファンド運用の手順と考え方 |
意図2 | 資産運用をめぐる様々な現実の理解 判断を下すためのフレームワーク構築 |
- ポートフォリオ作成に際して、銘柄数やリバランス間隔をどう決めるべきなのか
- 「期待リターン」とはどれぐらいの大きさの数字でどうやって計算するのか
- 第一部:株式ポートフォリオを運用する上での基礎知識
- 市場の効率性
- ポートフォリオ理論
- エージェンシー理論
- 人間の心理
- 第二部:ファンドの作り方、メンテナンスの仕方
- ファンド構成に必要な一般的原則
- 投資戦略
- ファンド運用上の注意事項、コツ、現実的な工夫
- 第三部
- 運用のリスク管理、パフォーマン評価
- ファンドマネージャーの選び方
- 資産運用ビジネスをめぐる問題点
🔎本書の目次
第1章 | 職業としてのファンドマネージャー |
第2章 | 株式の投資価値 |
第3章 | 「会社」を把握するための基礎知識 |
第4章 | 投資情報の判断について |
第5章 | ゲームとしての資産運用と人間の心理 |
第6章 | ファンドマネージャーのポートフォリオ理論 |
第7章 | マルチファクター・モデルについて |
第8章 | 株式市場のアノマリー現象について |
第9章 | チャート分析と時系列分析について |
第10章 | デリバティブに対する考え方 |
第11章 | 国際投資の考え方 |
第12章 | アセット・アロケーションについて |
第13章 | 「バックテスト」のチェックポイント |
第14章 | ポートフォリオ構築の一般論 |
第15章 | インデックス・ファンドの構築と運用 |
第16章 | Growth型アクティブ・ファンドのポートフォリオの一運用方法 |
第17章 | 各種のValue型ポートフォリオの一運用方法 |
第18章 | 運用のリスク管理とパフォーマンス運用 |
第19章 | 運用パフォーマンスの分析と評価 |
第20章 | ファンドマネージャーの選び方・選ばれ方 |
第21章 | ビジネスとしてのファンドマネジメントに関する補足 |
1995年から約30年が経過し、一個人が利用できる投資情報、ツール、環境は拡大したとはいえ、その全てを個人で真似るのは無理がある。特にデータの調達は一番の課題となるだろう。つまり、個人投資家が本書を読んだからと言って、知見は得られるかもしれないが、実践は大変難しい。おそらくそれ以前に、ほとんどの人たちにとっては理解することすら困難と思われる。比較的理解しやすいと思われる図解についても、このような調子だ。これに数式を伴う説明文が教科書的に続く。
合理の人である山崎元は、このようなことを個人投資家に説明する必要はないし、しても仕方がない、とでも考えたのではないだろうか。本書では、次のように語っている。
東証一部指数のような指数に対するインデックス運用が年金等の資産の運用に対して最適な運用と考えているわけではありません。あくまでもリスクの把握を単純化しかつ無駄を省くための簡単な手段として、いわば次善の策としてインデックス運用があると考えるにすぎません。
運用手数料や売買コストなど、リターンから差し引かれるコストが可能な限り少なく、リスクも十分に分散されている。などなど、インデックス投資を選択する理由はいろいろあるのだが、山崎元流に言えば、インデックス投資は次善策であり、「リスクの把握を単純化しかつ無駄を省くための簡単な手段」なのだ。そして、現状でのベストがオルカン一本投資というわけだ。
S&P499や日経224的なポートフォリオを組成して、可能な限り信託報酬を削ったところで、その削ったコスト分の労を個人投資家が担うことになる。さらに付け加えると、プロのファンドマネージャーでもインデックスに勝ち続けるのは難しいと言われるのだから、そのコストは一個人が複雑性に対応するには見合わない、ということだろう。
ところでファンドマネージャーはプロなのだから、インデックス以上のパフォーマンスが期待される。従ってプロはインデックス投資を実践できない。気になるのは、山崎元はプロのファンドマネージャーに何を教えていた、つまり何をリターンの源泉と見なしていたのか、ではないだろうか。
山崎元は、市場におけるリターンの源泉は、非効率な情報伝達と、その周知、キャッチアップに伴う時間差にある、と解釈していたようだ。
- 企業の経常益を予想する
- 情報伝達の非効率性を確認する
- 予想の変化→株価の反応
- 予想の変化の履歴→過去の反応
短期のリターン・リバーサル | 株価のブレの修正 |
アーニング・サプライズ | 情報が強化されるまでの反応の遅れ |
長期のリターン・リバーサル | 情報が強化され過ぎた後の反動 相対的な平均回帰傾向の過小評価 |
とはいえ、こうして企業のファンダメンタルを分析した銘柄でポートフォリオを構成し、売買を繰り返したところで、それでもインデックスに勝ち続けるのは難しいのだ。まして個人投資家であれば、なおさらではないだろうか。
それがいかに難しいのか、を理解できれば、可能な限り信託報酬の安い世界株インデックス答申に目を向け、今は素直にオルカン一本に絞って投資しつつ、日々の諸々に邁進する、というの合理的な振る舞いであることが理解できるだろう。
個人投資家にとって、そのような「遠回り」の理解を導いてくれるのが本書『ファンドマネジメント』だ。