筆記にせよ口述にせよ、英語を扱う上で欠かせないのが単語や常套句、それらに対応する意味やニュアンスの総体としての知識だ。ITのように、稀に常用語が英語であるため、そのような苦労が緩和される分野がある一方、それがほぼ英語でありながら、全くそのような知識を教えられないし、獲得も難しい分野がある。数学だ。実際、本書の冒頭で次のように述べられている。
高校から大学、大学院に至るまで、ただの一度も数式の英語での読み方など教わったことがないのも事実です。
特にほとんど学問としての数学に関わりはなく、論文を読む機会のない社会人ほど、数式の読み書きはできても、それを英語で「読め」、「言え」と要求されれば、答えに困るのではないだろうか。
本書は、数学全般についての英語表現、数式の英語での読み方を教えてくれる教科書であり、そのような状況を克服するための優良な参考書でもある。
本書は基本的に、数学にまつわる事柄について、英語での読み方を説明している。数式そのものの説明や解法には一切触れられていない。次の様に三部で構成されており、
第一部 | 基礎訓練 | 説明 |
第二部 | 実地訓練 | 大学入試に出題された数式 |
第三部 | 実践 | 大学で学ぶ方程式 |
事実上、読んで学ぶ個所は第一部に限定される。初等関数、幾何から微積分、確率統計まで、用語や、数学記号を含む基本的な構成の数式について、構文的に読み方を説明してくれる。
全302ページ中の133ページを占めており、数学全領域をサポートしていながらも、この程度のボリュームで済んでいるのは、読書の負担のみならず、実用の面からも扱いやすい。全てを通して読んでも良いし、必要な特定分野についてだけ読むのも苦労がない。
次のような要素にも対応してくれているのは、親切に感じる。
- 基礎であり初歩にあらずな要素→右辺や左辺、()、{}
- 動詞的表現、形容詞的表現
- アメリカ英語、イギリス英語
例えば()、{}、[]の読み方の違いは分かるだろうか?日常的にこれを多用しているであろうプログラマでも、分からない人が多いのではないだろうか。共通の読み方は「brackets」だが、それぞれに異なる表現がある。
動詞的、形容詞的表現というのは、例えば「=」だ。"a≠b"は「a differs from b」と読めれば、「a is not equal to b」とも読める。前者は動詞、後者は形容詞を用いている。このような違いにも触れられているところに、ただ一つの英語表現に「置き換え」さえすればよいのではなく、あくまでも「読める」ことが強く意識されている、のが印象的だった。
基本的にアメリカ英語が採用されているのだが、イギリス英語との違いについても意識されている。とはいえ、これは冒頭の「監修者まえがき」で触れられている部分が核心であり、それが必要な箇所で暗黙に反映されている。
英国の数学者は0をいつもnoughtと発音しますが、アメリカの数学者が0をnoughtと読むことがあるのはそれが下付けの添え字になっているときだけで、noughtはsub zeroの同義語として用いられます。
第二、三部は、その構文を基にした例文集のような趣だ。『新・基本英文700選』*1という参考書をご存じだろうか。大学受験の英語勉強を経験した人にはおなじみの書籍かもしれない。まさにその数式版という趣だ。
次のように1ページにつき、一つの式と、その英語読みである英文で構成されている。あくまでも読書用の書籍ではなく、逆引き辞典的な使い方もできる。
まず第一部に目を通し、第二部で受験勉強的に腕試しする。第三部は必要に応じて参照する、というのが優等生的な使い方なのだろう。個人的には第一部の内容だけで大満足な一冊だった。