レトロゲームと呼ばれる、80年代、8bit機時代のゲームは、制限された表現力を補うためか、その表現を拡張し、ゲームの世界観を十分に伝える施策として、メディアミックス的な要素が取り入れられていた。特に国産PCゲームのような、市場規模が限られている業界では、対応に制限があるため、自分たちで対応できる範囲内での努力としての施策ではあったが、それでも、十分にセンスを感じさせる取り組みをしていたのが、『XANADU』の日本ファルコムだった。
例えば、50ページで構成される『XANADU scenario 2』のマニュアルは、そのうち30ページ超が「特選ショップガイド」と題した、ゲームに登場するお店の看板集だった。(図1)
🔎図1:特選ショップガイド
同社に在籍していた宮本恒之の『ザナドゥ・データブック』シリーズでは、「モンスターズ・マニュアル」と題したパートで、全モンスターが横山宏*1のイラスト入りで紹介されていた。その一部はカラーだ。(図2)
🔎図2:モンスターズ・マニュアル
タイトルに関わらず、いわゆるゲームの必勝本、攻略本といえば、その内容は次のようなものだ。
- マニュアルでは網羅しきれない情報を掲載した、拡張マニュアルやガイドブック
- ゲーム内のデータをまとめたデータ集
- クリアまでの手順書
特に典型的なのは、あくまでも「手順書」であって「攻略」ではないのだ。それはおそらく、イベントをこなしてゲーム進行するものが増えた現実を反映した結果なのだろう。ただ目的が提示され、そこに到達するまでの考え方や手段に触れた、本当の意味での「攻略」本は少ない。
意図していなかったのだが、『ザナドゥ クローン』のソースコードを読みながら、その処理をオリジナルと比較するために用いたデータブックは、まさにその「攻略」本であったことを再確認したのだった。
まさか、80年代の国産ゲームの、しかも攻略本で「逆算思考」の実践に遭遇するとは、全く予想していなかった。
ザナドゥ・データブック VOL1
実際のところ、『ザナドゥ』に限らず、PCゲーム関連の書籍には、少年時代に書店でよく目を通していたのだ。しかしそれは、当時の自分にはとても手が届かない、現実に遊べる機会、可能性のない世界に触れるための手段であって、その内容を深く理解するため、というものではなかった。
そのような背景もあり、歳を取ってから再訪すると、当時は気付かなかったことに気付くこともある。その一つが、本当の意味での「攻略」本という特性だった。筆者は冒頭で、次のように述べている。
私にとってこの『ザナドゥ』は、ディスプレイに映しだされた世界であると同時に、心に映しだされる想像の世界でもあるのです。
ガルシスを倒すまでの道のりはとても長いものです。でも、方法によってはそれを縮めることもできますし、時間をかけてゆっくりと楽しむこともできます。
前者の反映が「モンスターズ・マニュアル」と「アイテム・マニュアル」であり、この投稿の冒頭で触れた、世界観を広げる為の拡張表現に該当する。これから紹介する「プレイングマニュアル」が、真の意味での「攻略」に該当する部分だ。
その冒頭で、筆者は次のように述べている。
これまで雑誌などで紹介されてきた『攻略法』、『必勝法』とは全然違います。ここで解説されるのは『ザナドゥの世界構造』です。つまりプログラム、データから見たザナドゥをベースに記されているもので、
つまりプログラム、データによって定義された情報ありきで語られる手法なのだ。だから、先日の投稿で触れたような実際の計算処理*2、戦術、モンスター・データと獲得可能なアイテム数など、全リソースを前提に、作戦を考えるところから始まる。ここで言う作戦とは、ビジネス的に表現すれば「戦略」、一般的に言えば攻略の方針だ。それが筆者、冒頭の言及に通じている。つまり、
道のりを縮める | 電撃的攻略作戦 |
時間をかけてゆっくり | モデル的正攻略作戦 |
そして、この検討を、次の2点から考察していく。
- 全体的な行動の計画
- 部分的な行動の計画
これは日常生活からビジネスの現場において「逆算思考」と呼ばれるものだ。目標や目的から逆算して、計画を立てる。そして、その実践を管理するのがプロジェクト・マネジメントだ。
本書における、この後のプロットは次のようになる。ゲーム・クリアを前提に、真面目に逆算思考し、プロジェクト・マネジメントしているのだ。
- 小さな作戦の計画を立てる→全体計画、必要な装備、倒すための条件
- 作戦を成功させるために→行動方針、戦闘方針、トレードオフ
- 段階ごとの目標達成までの条件→段階ごとに必要とされる装備
- 計画の要約
- 計画の準備
- 調達計画→攻撃力、アイテム
- 作戦の比較
そして注目なのが、ダンジョンの最終レベル10に関する言及だ。あくまでも目的達成が最優先なのだ。本格的に逆算思考であり、プロジェクト・マネジメントを感じる言及だった。
あくまでも目的はキングドラゴン=ガルシスを倒すことである。このレベルのモンスターを倒すことは必要ない。逆に時間の無駄であるとさえいえなくもないのである。
確かに『XANADU』は、そのような考え方が機能するゲームだ。全てのリソースが制限されており、リソースの活用には常にトレードオフを伴う。自ずと主人公の成長に限界が設けられ、その制約条件の範囲内での目標達成を求められる。
おそらく、当時の私が真面目に本書を読んだとしても、その意図をどこまで理解できただろうか。あるいは、それが理解でき、現実にまで応用できていたとしたら、と考えてしまう程、本書が提示している情報の「背景」にある考え方は理に適っており、それが見出せた読者にとっては、とても有意義な一冊だったに違いないのだ。
残念ながら、本書は絶版であり、例によって古本市場では高額で取引されているのだった。
ザナドゥ・データブック VOL2
本書は『XANADU scenario 2』のための書籍だ。それは初代『XANADU』を遥かに超える難易度に調整された追加シナリオだ。さぞ逆算、プロジェクト・マネジメント的な思考は極まっているだろうと期待したのだが、それは肩透かしだった。
こちらには「プレイングマニュアル」は掲載されず、代わりに「ザナドゥ見聞録」が掲載されている。それは紀行文を模して各ダンジョン・レベルを紹介するものだ。若干、各レベルごとのヒント的な言及が含まれてはいるのだが、前作のような「攻略」ではない。
どうやら、それは刊行のタイミングの影響もあったようだ。前著は『XANADU』発売から2年が経過しており、その攻略情報は月刊誌やムックなどでも紹介されていた。一方、本書の初版は1987年6月2日であり、『~scenari 2』の発売から1年を経ていない。そこで、世界観を伝える方に重きを置いたのだろう。実際、著者は冒頭で次のように言及している。
シナリオⅠに関しては、既にほどんとの方がプレイを終えられていることを考慮して、プログラム上から見たザナドゥ世界の構造を解説しました。この巻では難解で知られるシナリオⅡを、より楽しんでいただくために『ザナドゥ見聞録』と題した紀行文の形をとったものにしました。ザナドゥの世界がどのように奥行きの深い設定によって形作られているのかが、これを読むことでわかると思います。
VOL1のような攻略情報に重きを置く読者には、あまり有意義ではない内容ではあるのだが、やはり古本市場では高額で取引されている。しかもVOL1よりも高額だ。
本当の意味での「攻略」法ではないのだが、『~scenario 2』の攻略情報を求めるユーザーには、山下章の『チャレンジ!!パソコンアドベンチャーゲーム&ロールプレイングゲーム 2』*3だろうか。そして、やはりこちらも負けず劣らずの高額な骨董本なのだった。