Technically Impossible

Lets look at the weak link in your statement. Anything "Technically Impossible" basically means we haven't figured out how yet.

田宮模型の仕事

田宮模型の仕事 (文春文庫)
これは2006年に投稿したエントリーで、以前のブログから引き継いだものに加筆したものです。

日本が誇る世界ブランドの一つ、田宮模型創始者、田宮俊作による自叙伝。そのハードカバー版が文庫本として再版されたもの。文庫本化に当たり、ハードカバー版では書ききれなかった話題と、田宮英国総代理店社長の回想が追加収録されている。特に後者の追加は、自叙伝と言う主観的な内容に客観性を与えるものとなっている。

田宮模型といって真っ先に思い出すのが、毎年夏に開催される田宮模型社内見学。静岡で生活していた3年間は、飽きもせず毎年参加していた。設計から試作、そして射出成型でキットとして生まれるまでの一通りの工程を見せてもらえる貴重な機会であり、子供ながらに凄いとは思いながらも、その背景や詳細、見えないところでの苦労について思い至ることはなく、ロビーに飾られた本物のTyrell P34など、スポーツ・カーの数々に圧倒され、粗品と共に家路に着くというイベントだった。
そのような思い出と共にこの本を読んで、その見学ツアーをやっと自分自身の中で完結できたような印象。

内容は木製模型から始まる田宮模型の歴史を辿りながら、どのように企画、設計に取り組み、物作りを続けてきたのかというもの。しかしながら会社の歴史が中心なのではなく、話の中心はあくまでその取り組みにある。
模型のオリジナルとなる実物の取材にまつわるエピソードを通じて、物作りに携わる田宮模型の姿勢と精神に触れることができる。この姿勢と精神が尋常ではなく、完璧主義でありながら常にユーザー・フレンドリーな顧客優先に伴う妥協の同居。そして、ただ製品化する模型にだけ注力するのではなく、その楽しみを広げる周辺領域にも配慮しながら、息の長い物作りを実現する姿勢やポリシーは、物理的な形を伴う物作りに限らず見習うべきスタイルだろう。例えば本書で紹介されたエピソードでは、

  1. 情景模型による楽しみを配慮したフィギュアなどのいわゆる脇役的製品のリリース。
  2. ただ作り方だけを説明するのではなく、資料的解説も加味した説明書。
  3. 設計者の個性は尊重するが、組み立ての難しい設計は絶対に許さない。

特に3のエピソードは強烈で、設計者の懇願にも関わらず、組み立てを困難にする要素として、実車を忠実に再現するためのパーツの採用を却下するというもの。しかし2回目のリリースでは再設計による実装が許されると言うもので、ITプロジェクトにも通じるものを感じる。

個人的に一番感銘を受けたポリシーが、初心者への配慮。初心者を置いてけぼりにしないこと。
例えば、ミニ四駆のヒットでは一時、ユーザーの減少により下降線を辿るのだが、その原因を著者は熟練ユーザーの成長(進学など)と、熟練ユーザーと新規参入ユーザーの経験値の差にあると分析した。最初から負ける勝負に新規参入ユーザーは生まれないと、ユーザーの世代交代を図り、奏功する。

そもそもの内容は何かを具体的に示唆するものではなく、あくまで著者自身の体験を綴った自叙伝なのだが、その内容から読み取れる事柄から、様々な事象や読者自身の経験に通じる部分を感じ取ることで、ビジネス書的に読むことができる、稀有で面白い本だと思う。

田宮模型の仕事 (文春文庫)

田宮模型の仕事 (文春文庫)