リテラシーという言葉は、特定分野についての何かを「使う」ことができるための教育を受け、その知識と能力があることを意味している。言い換えれば、ある分野についての一般教養とでもいうべきものだ。
https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/literacy
メディア・リテラシーといえば、情報の受信、発信、理解、またメディアに対する理解などを含むはずだし、情報の理解に伴う批判、特に批判するだけでなく、批判されることに対する能力も含むはずだ。
あるいは、金融リテラシーと言えば、家計管理から生活設計、経済事情を把握するために必要な情報源、それを理解するための前提知識、などを含む総体を指すことだろう。決して、資産運用に限った話題ではない。
では、コンピュータ・リテラシーと言えばどうだろうか。それは決してスマートフォンやWindowsなど、特定の話題に限った「リテラシー」ではないはずだ。しかし今の時代、その特定の何かは「コンピュータ」とは切り離せない存在となっている。コンピュータを使うことは、その特定の何かを使うことと、ほぼ同義だ。
加えて、「リテラシー」として求められることは、立場によっても変わる。一般人と企業のIT部門スタッフ、あるいは情報学部の学生では、「リテラシー」として求められることは異なる。
この投稿で取り上げる2冊はコンピュータ・リテラシーの教科書だ。ここで言うコンピュータとはLinuxデスクトップ環境を意味し、対象は情報学部の学生だ。
〇〇入門的な情報は、専門誌やwebメディアの連載記事での定番テーマだし、そのものズバリが技術書やムックとして出版されてもいる。さらにはブログなどで個人が投稿している場合もある。いずれも貴重な情報リソースだが、裏打ちされた体系的な学習資料、情報源ではない。言い換えるならば、教科書として適切ではない。
取り上げる2冊はどちらも、その体系を網羅した、とても良い入門書だ。
デスクトップLinuxで学ぶコンピュータ・リテラシー
九州工業大学情報科学センターは、学部生向けの教科書を出版している。いずれもUNIX入門の教科書だ。
九州工業大学情報科学センター
「コンピュータ・リテラシー」と題されているように、コンピュータを使用するための能力を身につけることが目的の書籍だ。学部生が対象なので、おそらく講義、あるいは研究や課題提出において必要とされる能力を養うための入門書という位置づけなのだろう。文書作成から画像編集、シェル・スクリプトまで網羅している。
第1版は2013年出版ではあるが、ほぼ全ての話題は出版年によって内容が左右されるものではないため、気にする必要はない。せいぜいUbuntuやFirefoxのバージョン、それに伴う情報が古いだけだ。たとえ情報が古くとも、自力で十分に補える範囲だ。
🔎目次
第1章 | コンピュータを使う前に | |
第2章 | はじめてUNIXを使う方へ | |
第3章 | ファイルとディレクトリ | |
第4章 | 文書の作成 | Emacs、Anthy |
第5章 | 電子メールの読み書き | |
第6章 | Webページを見る | |
第7章 | 画像の作成と加工 | Tgif、GIMP、gnuplot |
第8章 | Webページを作る | BlueGriffon |
第9章 | LATEXを使ったレポート作成 | LATEX |
第10章 | UNIXコマンドを使う | |
第11章 | UNIXにおけるプログラミング | Eclipse |
付録A | 利用環境のカスタマイズ | |
付録B | ネットワークを使う | |
付録C | ファイルマネージャを使う | |
付録D | シェルスクリプトの概要 |
はじめてのLinux
「コンピュータ・リテラシー」とは明記されていないが、学生に対して求めていることは同じなのだろう。『デスクトップ~』と内容がかなり重複している。人物は異なれ、執筆陣も同じく教職者だ。内容も教科書的でありながら、『デスクトップ~』に比して若干技術書寄りのスタイルだ。出版年は『デスクトップ~』よりは新しい。そもそも、『デスクトップ~』よりも流行に左右される話題が皆無なため、ほとんど気にする必要がない。それは『デスクトップ~』がUbuntu環境を前提としているのに対して、こちらは特定のディストリビューションを明記していないことからも明らかだ。
また、『デスクトップ~』には収録されているX WindowsやGnomeの話題が、こちらには含まれていない。
🔎目次
第1章 | 基本操作 | |
第2章 | 基本コマンド | |
第3章 | 応用コマンド | |
第4章 | エディタ | vim、Emacs |
第5章 | ソフトウェア開発 | gcc、make、Eclipse |
第6章 | 文章作成ツール-組版ソフトLATEX | LATEX |
第7章 | 文章作成ツール-グラフや図を描く | gnuplot、GIMP |
第8章 | シェル | |
第9章 | 環境設定 | |
第10章 | ネットワークとサービス | |
第11章 | システム管理 | |
付録A | コマンドリファレンス | |
付録B | 正規表現 |
Emacs、LATEXのリテラシー
取り上げる2冊は、著者も出版社も異なるのだが、内容がほぼ同一なのが興味深いところだ。どちらの本も、「使い始める」に当たって丁度良いレベルの内容が紹介されている。そして特に説明に力を入れているのが、次の2つの話題だ。
この2つの話題については、どちらの書籍も「当たり」だ。特に情報学部生を前提としているため、コンピュータ利用における論文執筆の割合、比重が多いのだろう。どちらも、それぞれ独立した一章を割り当てて、Emacsの操作方法、LATEXを用いたレポート作成について説明している。
リテラシーとして、「これくらいは知っておきたい」というレベル、足りない知識を補うために調べるのも苦労しない程度の情報が丁度良くまとまっている。個人的には、これまで見た中で一番分かりやすいし、馴染みやすい内容だった。
これらの話題は、それぞれに専門書が存在するのだが、「まず使い始める」に際し、それらは重すぎるだろう。かといってネット検索で見つかる情報では、せいぜいコマンド紹介のチートシート程度の内容で。体系的に網羅された学習には役立たずだ。何より、ユーザーが何をしなければならないのか、特に学生の場合はレポートや論文などに対応するための情報が欠けている。
Emacsについては、特に『デスクトップLinuxで学ぶコンピュータ・リテラシー』が採用している、粒度の細かなstep-by-stepの操作説明が大変分かりやすい。必要な部分においては、コマンド単位の操作ではなく、操作中の1ボタン押下の単位で説明している。
LATEXの説明も同様だ。ただ文書整形や数式表現だけでなく、図や参照、参考文献の表記や引用等が、具体例とともに紹介されている。内容は共通なのだが、書籍と著者の指向の差が、その内容に反映されている。『デスクトップ~』では、サンプル・レポートを題材にして説明しているのに対して、『はじめてのLinux』では、要素ごとの説明と表示例に終始している。
分かりやすさではどちらも同等だ。知りたい項目をピンポイントで参照するには『はじめての~』が向いているが、LATEXでの文書作成を追体験しながら学ぶには『デスクトップ~』が向いている。
amzn.to