かつてイヤホンやヘッドホンに期待されていたのは音質だった。○○社の製品は音が良いだの、××社の製品はドンシャリだの、実際のところ、どこがどのように高音質なのか分からないオカルト的な何かも含め、何らかの「音質」を期待して、ユーザーは購入していた。
しかし今や、求められているのは静寂だ。ANC (Active Noise Canceling)によって、ノイズが積極的に打ち消された静寂が望まれている。
もし音楽を聴くことよりも、積極的に静寂を作り出すことを目的とする場合、イヤホンの弱点は稼働時間だろう。小さなボディにバッテリを詰め込んでいるものだから、長時間の稼働は苦手だ。
イヤホン単体でANCを稼働させようとしても、Bluetooth接続無しで一定時間稼働させ続ければ、省電力設定によって自動的に電源が落とされてしまう。ANCだけを稼働させ続けるだけのために、スマートフォンなどとのBluetooth接続を維持しなければならず、これが電力を無用に消費する。
Bluetooth接続無し、デジタル・メディアは再生できない。ただANCだけを稼働させ続けるのが「デジタル耳栓」だ。耳栓とはいえ、ANCによって生成された打消しノイズを再生しなければならないのだから、厳密には打消しノイズ再生専用イヤホンと呼ぶべきかもしれない。QuietOn 3.1は、その高級モデルだ。
本体、イヤー・ピース
Bluetoohtユニットも、ドライバー・ユニットも搭載しないのだから、本体サイズはイヤホンに比べても小さい。写真のとおり、USB Type-A端子とほぼ同サイズだ。
QuietOnは遮音性重視の耳栓なので、イヤーチップにはメモリーフォームが採用されている。私はシリコン・ピースの付け心地が好みなので、Sony向けの4.5mmイヤー・ピースで代用している。QuietOnの場合、4.0mm台のイヤー・ピースと互換性がある*1。
ノイズ打消し性能
詳細な仕様は、公式サイトに掲載されている。まず掲載されているのが、フォーム材の耳栓との比較だ。QuietOnのノイズ打消し効果が効果的なのは、100~1000Hzの領域だ。いわゆる騒音、いびき、会話音に該当する領域だ。約30dB軽減してくれる。
公式サイトでは、200~800HzがANCが効果的に機能する範囲と述べている。
especially in the range between 200-800Hz active noise cancelling is particularly effective.
次のグラフは、ノイズとしてのいびきや、交通騒音が、どれくらい軽減されるのかを示している。先ほどのグラフ同様、100~1000Hzの範囲で、効果的に機能していることが分かる。ただし交通騒音の軽減に関しての解釈は注意を要する。QuietOnは欧州の製品で、交通騒音の特性が日本とは異なるのだ。
日本の場合、交通騒音の代表例は暴走族、そしてトラックなどの大型車両だろう。400~1000Hzに相当する騒音で、これはQuietOnが最も有効に機能する範囲ではあるのだが、日本の交通騒音は大きすぎるのだ。j-stageの論文「全国20 か所の一般道路における自動車走行騒音の
音響パワーレベル及び周波数特性の測定データ」*2によると、大型車を多く含むケース3, 5, 7, 8において、100dB前後を記録している(P182, 183参照)。これが-30dBされたところで、うるさすぎるレベルが、うるさいレベルに低減される程度だ。うるさいことには変わりないのだ。
この点においては、音は聞こえるけど、QuietOnを使わないときよりマシ程度の感覚だ。
使い心地
前述のバッテリ消費の問題に対処しながら、ANCだけを長時間稼働させ続けるために、複数のANC搭載イヤホンを交代で利用していた。私にとっては一番のメリットは、この状況から解放されたことだった。
最近は音楽をはじめとする、デジタル・メディアを再生しながら作業を行うのが辛くなってきた。集中力が落ちてきたのではない。音楽や、特に歌詞について、自動的に脳内の言語機能が反応し、意図せずリソースが消費されるような状態を経験するようになったのだ。目前の文章や対話に加えて、外野の言語情報を強制的に並列処理させられるような感覚だ。
自動的に反応してしまうものだから、いつ頃からか、いわゆる「ながら」作業は意図して避けてきた。ANC付きイヤホンはこの問題を軽減してくれたのだが、問題は、イヤホンのバッテリが切れそうになった時の通知だった。この都合に合わせて、集中を途切れさせる必要があった。QuietOnは、この問題を解消してくれた。
朝9時に装着して、そのまま充電無しに、夕方4時、5時でも稼働し続けている。これはイヤホンでは真似できない。
他社製品
しかし、そのような目的のためだけに、3万円台のデジタル耳栓は高額過ぎる、という人もいるだろう。キングジムやJVCケンウッドが、より安価なデジタル耳栓を取り扱っている。どちらも価格は1/9~1/10なので、関心のある人は検討してみる価値があるだろう。
余談
幹線道路沿いは、とにかくうるさい。そこに部屋を構えているものだから、昼夜問わず騒音は日常の一部だ。さらに部屋は交差点そばにあるものだから、信号切り替えの度、発進時にエンジンを吹かす騒音まで加わる。
暴走族は、自らの騒音を意識しているだろうが、一般ドライバーは自らの騒音のことなど、全く意識していないだろう。まして、それをうるさがっている人がいる、迷惑に感じていることに想像が及ぶわけがない。
私はEV信者ではないのだが、この点に関しては、EVの普及に解決を望んでいる。特にバイク、都市間を結ぶ大型車両は、内燃機関搭載車を一括交換する国策プログラムでも実施したらどうかと思うのだ。
交換を前提にしたEV車両の量産、交換後のEV普及を前提にした充電ステーション設置、これに合わせて国内標準でも定めれば、直接的な恩恵に加えて、EV普及に合わせてエネルギー消費や騒音を含めた環境問題など、間接的な恩恵も享受できるのではないか。