『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』とは、NPR (National Public Radio)の番組に応募されたストーリーのうち、選りすぐりを1冊にまとめたものだ。応募に際し、ストーリーは次の条件を満たす必要があった。
- 実話であること。
- 短い話であること。
この前提から『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』はノンフィクション短編集と捉えることもできる。その内容は、2005年の「J-Wave Christmas Special~沢木耕太郎 MIDNIGHT EXPRESS 天涯へ」にて、ノンフィクション作家である沢木耕太郎をして、次のように言わしめた。
- 2005年に読んだ本の中で、一番衝撃を受けた。
- 素人でもここまでの話を書けるならば、アメリカのノンフィクション作家は大変だ。
一つのストーリーは2~4ページ程度で、稀に1ページだけのものもあれば、「短い話」と言っておきながらも、長い話もある。ストーリーは共通のテーマに沿って分類、章立てされている。動物に始まり、家族、戦争、愛、そして死に至るまで、美談、いわゆる「良い話」もあれば、気まずい話題、惨めな話題もある。人生において遭遇するだろうイベントを追体験するかのように構成されている。
2005年と言えば、まだiPhoneは登場しておらず、Appleの主力製品と言えばiMacだった。GoogleもAmazonも2018年現在のように世界を席巻しているわけではないものの、現在の勢いに通じる端緒となったWeb 2.0と呼ばれるムーブメントが始まったころだった。
SNSが登場したのもこのころだが、当時はSNSではなく、ブログへの投稿が中心だった。いわゆる総表現社会が始まった時代と言えるだろう。
一つひとつの意見がもし見当違いなもので、僕が反論したくなるようなものだったとしても、それはしょうがないんですよね。僕は正しい理解というのは誤解の総体だと思っています。誤解がたくさん集まれば、本当に正しい理解がそこに立ち上がるんですよ。
ここで述べられている異なる意見の総体が、新しい理解を生み出す、そのような総表現の帰結が『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』にも見て取れる。個々のストーリーはお互いに独立した存在であり、他のストーリーへの伏線があるわけでもないのだが、全体を通じて一つの大きな流れ、あるいはより大きな一つのストーリーを形成している。
アメリカを代表する政府や公的機関の発表のような、明確な統一見解ではなく、異なるアメリカ人達の声、表現が雲のように、朧げな一つの実像を生み出すのだ。
翻訳者である柴田元幸は、次のように述べている。
この本に収められた物語はむしろ、続けて一気に読むほうがよいと思う。それによっていつしか、まえがきでオースターも言うとおり、「アメリカが物語を語る」のが聞こえてくるにちがいない。
ちなみに『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』の発端となったNPRのラジオ番組では、応募されたストーリーの内、採用されたものがラジオ番組で朗読されている。この朗読はNPRの番組サイトで公開されていたのだが、2018年現在、サイトのみが残されており、朗読へのリンクは機能していない。
https://www.npr.org/programs/watc/features/1999/991002.storyproject.html
対訳本にバンドルされたCDに、ポール・オースターの朗読が収録されている。
ポール・オースターが朗読する ナショナル・ストーリー・プロジェクト
- 発売日: 2005/08/23
- メディア: 単行本