ジョン・ル・カレの作品に登場する人物には、作者自身のスパイとしての知見、経験が反映されている。例えばスマイリーという登場人物は、ある作品では物語の主人公であり、別の作品では物語の語り部である。例えば『影の巡礼者』という作品は、新人研修コースの最終日、引退するスマイリーが新人たちへ語る講演を、オムニバス短編集に仕立てている。スマイリーを通じて披露される事象というのは、脚色された作者の経験というわけだ。
この本での語り部は、引退したKGB情報部員達だ。現役時代、世界各国で活躍した彼らの活動を自ら語るのは、ジョン・ル・カレの作品に通じるものがある。
タイトルに「世界都市ガイド」という言葉が含まれているのだが、決して『地球の歩き方』のような観光ガイドや、それに掲載されている紀行文エッセイではない。
まず語り部となるKGB情報部員たちの現役時代と言えば、それは東西冷戦下、2018年の今から4-50年前のことだ。語られる時代、舞台となる年を取り巻く状況は、現在と全く異なっている。
そのような時代の一都市を舞台にエージェントとして活動していた彼ら、さらにはその妻たちの仕事、生活が語られる。具体的なスパイ活動、血生臭い話題には触れられない。
拠点となる都市について、エージェントは思慕の念を抱くようだ。そして、その思いが強いほど話も面白くなる。印象に残ったのが、次の都市でのエピソードだった。
- ロンドン
- パリ
- ニューヨーク
- 東京
- ローマ
特にパリの話題では、夫婦旅行を装って現地協力者とコンタクトを取るまでの顛末が紹介されている。スパイ小説を思わせるストーリーだが実話だ。
ソ連崩壊をきっかけに、KGB経験者が自らの経験を語り始めたとき、数多の本が出版された。その中にはロシアで好評を博し、数か国語に翻訳されたものがあった。その1冊がこの本である。
オリジナルは2巻で構成されているのだが、日本語版は1巻にまとめられている。いくつかの都市に関するエピソードが収録されておらず、掲載されているエピソードでも、本文からの削除部分があるのだという。
翻訳には省略や削除、再編集が付き物とはいえ、諜報活動に関わる内容だけに、掲載不可に該当する事柄が含まれていたのかもしれない。具体的なスパイ活動に関わる部分なのかもしれない。核心に触れる部分が掲載されていない、削除されていると思うと、本書の面白さゆえに、残念な事実だ。
- 作者: 小川政邦
- 出版社/メーカー: 晶文社
- 発売日: 2001/06/01
- メディア: 単行本
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